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言ってはいけないー残酷過ぎる真実ー(橘 玲)

 

言ってはいけない―残酷すぎる真実―(新潮新書)

言ってはいけない―残酷すぎる真実―(新潮新書)

 

 

趣旨としてはいわゆる、普通の人々があまり心地よく受け入れたくない事のなかにも真実はたくさんありますよ、ということを述べる。頭の良さという要素は遺伝的な影響を受けるし、その他、音楽の才能や、性格だって遺伝子による影響がある可能性がある。他にも、男女の能力はおそらく平均的には異なるだろうし、女性も男性も容姿により仕事や生活が変わってきますよ。犯罪者におおい特徴はこれこれ、といった事が述べられている。多くは筆者が様々なソースから集めてきた事柄を筆者なりに解釈して、再編集したものである。
 
引用元を全て読んだことがあるわけではないが、分野的に詳しい遺伝的要因や環境的要因に関しての事実に関しては自分も別のソースで読んだことがあるような記載が多く、まあまあ妥当なのだろうと思う。序盤に断られているように、特に気分を害して悪い気分で一日を終えた、というほどの毒々しいものでは無かったように思う。こんなデータもあるんだ、といったレベルで知識を吸収するという点では面白いと思った。
 
ただ、そこから筆者が何が言いたいのかがあまり伝わってこない。人は遺伝的な形質に支配されて頭脳や行動までが決まってしまう。例外的に環境要因でそれが変わることもあるから悲観するな。といったところだろうか。
 
さて、本書の問題点としてはまずはデータの解釈だろうか。さまざまなデータに対して意識的に引用文献が記載されている事が多いから、データ自体は間違いなくあるものなのだろうが、あくまで「そのデータを取り上げること」は筆者の選択であり、「データが完全に正しい」とは限らないということと、「データから読み取ったメッセージ」は筆者の解釈である。黒人と白人を比較するデータを取り上げて、黒人はAで、白人はBである。だからそもそも同等ではないのではないか?といった形でいわゆる、平等主義に対して疑念を呈する記載が多い。しかし、取り上げられたデータの多くは、黒人の集団X(a,b,c….)と白人の集団Y(1,2,3….)の全体を比較した時にそれぞれの群にどういった傾向があるか、といった話であり、群を比較することで、本質的は個人のものである、平等という概念にまで結びつけかねない論調には少し懐疑的に受け止められた。また、欧米の個人主義は等質性を受け入れているのではなく、個人事の差を受け止めた上で同じ機会を与える、といったものという意見もある。むしろ本書で述べられているような人種や性別ごとの特徴の差は受け入れられた上で、平等の実現にとりくんでいるのではないだろうか。ばらつきのある集団の中の個人が持つ遺伝子がどういった傾向を持つかは確率的に求める事が出来るかもしれないが、当の本人にしてみれば一度乗りかかった船(生まれ持った遺伝子というヴィークル)とは一生付き合っていくしかなく、遺伝説の中からチャンスを見つける方法、環境説から利用できるものを慎重にチョイスする方法が求められる。本書の内容も悲観的にばかり捉えるだけでなく、役立つ情報として見ることも出来るのではないだろうか。