資本主義の終焉と歴史の危機

 

資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書)

資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書)

 

 近代社会が生まれた長い16世紀の世界の変化と同じくらい大きな意味のある変化のまっただ中を我々は通過している。今、先進国では長期国債金利が2%を切る超低金利時代となっている。資本家は先進国でなく周辺への投資によりリターンを得るために余剰金を途上国へばらまいている。しかし豊かな生活が享受できるのは人口の15%程度までであり、エネルギー問題などの関係で、途上国が先進国レベルの生活を享受することは現行のシステムの中では不可能である。金融帝国として資本主義世界の覇権を獲ったアメリカの次に覇権を担う国は、長い21世紀の変革の後に出てくる新しいシステムの萌芽とともに起こる国だろう。

 

著者は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)を歴任している。

グローバル化が進んでも、先進国レベルの生活を貧困層が全て享受することは難しく、先進国での投資リターンの限界のために途上国へ投資を行う風潮が昨今ある。しかし豊かな生活を享受するための資源的な問題が地球にはあり、いつまでも資本主義の枠組みでの成長は不可能。その後に起こる何かはまだ未確定だという。日本は資本主義の限界にまさに直面し、低成長・低金利の時代を迎えている。そんな日本こそが次の新しいシステムを生み出すのには絶好の場所だ、というようなリップサービスも記載があるが、実際はどうなのかわからない。バブルを繰り返すうちに資本主義と共に没落するのか、新しい制度の元で蘇るのか。

細かい数字の裏付けは詳細な記述が無いので少し納得出来ない部分もあったが、全体を通してみると主張は論点を抑えているものだと思います。最終的な展望が明らかにされていないところは少し歯がゆい気持ちもしましたが、先のことは未定だということなんでしょう。

トマ・ピケティの言う、富裕税で上位1%から貧困層を支援するための資本からの徴税を行い支援する、という考え方とはバッティングしないのでしょうか?出来る限りの水平化を推進するピケティの主張に対して、本書の主張は水平化は実現しない、と言う点では異なっているように感じます。もちろんピケティが想定する"あるべき"生活水準の程度が低ければ環境が耐えられる程度なのでしょうけれど。ピケティはちゃんと原著読んだわけでは無いので多くの言及は避けておきます。投資リターンは経済成長率に勝るという意見は今後の世界でも通じるのでしょうか?